NIKKEI

トップ>企業マネジメント最新トレンド>「働きかた」とICTが武器となる新・在宅医療ビジネス

「働きかた」とICTが武器となる新・在宅医療ビジネス

インキュベクス株式会社 代表取締役 上村隆幸

第5回日本の在宅医療ビジネスもこうなる!世界の主流とは

世界的に有名な在宅ケア組織、ビュートゾルフを訪ねてみた。

前回は、GoogleやLINEを例に、圧倒的優位性をバックに他社に自社のサービスを広く使用してもらうことで自社サービスが他社のビジネスにとって欠かせない基盤となり影響力を発揮する「プラットフォームリーダー」という存在についてお話ししました。

今回は、在宅ケア組織における「世界のプラットフォームリーダー」として、その名をとどろかす組織。オランダの在宅ケア組織「Buurtzorg(ビュートゾルフ)」を紹介しましょう。

「ビュートゾルフ」は、自らも地区看護師として活躍する、代表のJos de Blok(ヨス・デ・ブロック)さんが、2007年にたった4人の地区看護師で始めた在宅ケア組織です。急速な成長を遂げ、15年には従業員が約8千人、利用者は約6万人を超え、オランダ国内の在宅ケアサービスでは6割以上のシェアを誇る規模になりました。

今やビュートゾルフはオランダ国内のみならず、世界中の医療介護関係者が注目し、参考とする組織になりました。当社は14年3月にオランダを訪問し、ヨス代表から直接話を聞く機会を得ました。

ビュートゾルフの本部前にて。人物は当社の取締役営業部長 青井香里。

短期間で急成長し、従業員・利用者双方の満足度も高い組織づくりに成功しているビュートゾルフにはどんな秘密があるのか。

私たちを快く迎えてくれたヨス代表は、組織内でICTを活用して知識創造を実現する様子や、利用者のニーズや要望に応じてサービス改善を続ける仕組み、組織内の知見が政策にまで影響を与えている事実などを、にこやかに語ってくれました。

我々が訪ねたのは本部オフィスにはスタッフがあまりいませんでした。「バックオフィス」と呼ばれる本部機能は経理だけを残し、その他の機能は採用も含めて各地のチームに権限を委譲しているため、本部は必要最小限のスタッフしか常駐していないとのことです。そこには非常に洗練された組織マネジメントがありました。

ビュートゾルフ本部オフィス。解放感があるがこじんまりしてスタッフは少ない。

スタッフも利用者も笑顔、それでも効率が良いその理由

我々は実際に利用者宅への訪問にも同行させてもらいました。

地域看護師が運転するトヨタ製の車に乗り込み、出発です。

ビュートゾルフの訪問車両。ロゴの入ったトヨタ・ヤリス。

最初の利用者は高齢の方で、その時に行ったメーンの処置は「目薬を差すこと」でした。利用者は足が悪いようでしたが、バイタルチェック以外の処置はほとんど行わず、ごく短時間で1軒目を後にしました。

次の利用者は胃がんの手術をしたばかりの壮年の男性。手術後まだ数日しか経っていないという彼は、すでに自宅で普通の生活をしていました。こちらもバイタルチェックと装着している経鼻経腸栄養チューブのチェック・メンテナンスを行う程度で、早々と次の利用者宅へと向かいます。

最後の利用者は足が悪いらしい高齢者。足のリハビリがメーンのようでした。リハビリの手技の後、20分程度エアロバイクをやってもらい、その様子を観察、指導して終了です。

利用者宅で薬をチェックする地域看護師。

このように午後1時から出かけて3軒を回り、オフィスに戻ったのは4時頃でしょうか。とにかく、1軒1軒の訪問時間が短いことが衝撃的でした。

最後のリハビリの利用者宅には1時間程度いたかもしれませんが、前2軒は30分足らず。行う処置もどれも非常に簡潔で、日本人の感覚では「えっ、これだけ?」というほど効率の良いスピーディーな訪問でした。

だからと言って、看護師が事務的・機械的な対応だった訳ではありません。看護師も利用者も笑顔で会話し、そこには人間らしい交流がありました。

胃がんの手術後もすぐ退院してポータブルの経鼻経腸栄養チューブを活用。

ビュートゾルフが提供する在宅ケアは「CSV」である!

こうした効率の良いケアを実現できた背景にはもちろんビュートゾルフによる様々な工夫がありますが、そもそもオランダではこうした地域本位のケアの在り方が浸透していたことも1つの要因でしょう。

実はオランダには「マントルケア」と呼ばれる、家族や友人、近隣者によるボランティアケアシステムが浸透しています。

「マントルケア」は、病気になったとしてもなるべく生活環境を変えずに自立した生活を営むことを目的とし、近隣で支え合って自立した地域中心・民間中心の医療介護を提供しようとするシステムです。

ビュートゾルフの活動は、これら自助システムと相互補完的に機能するようになっているのです。

オランダでも医療費の削減は、非常に大きな政治的課題です。しかし、この「マントルケア」とビュートゾルフの相互補完関係は、地域と民間が中心でありながら、利己的な利益中心の運営にならず、医療費削減にも貢献できています。

このように社会課題である「医療費削減」も解決しつつ、働く「看護師のやりがい」や「利用者の満足度」を高めることですべての関係者が幸せにするケアサービスを実現しているビュートゾルフは、まさに「CSV(共通価値の創造、Creating Shared Value)」を行っているといえるでしょう。

「みんなが幸せになる」という価値を実現する取り組みは簡単ではありません。しかし、そこに真正面から取り組み、それを利益の源泉としている姿勢はまさしく「CSV」といえます。

そのような理念と経営の高度な融合を実現しているからこそ、世界の様々な組織が、ビュートゾルフを参考にしようと研究しているのです。

ビュートゾルフが生み出しているこのような在宅ケアサービスの潮流は、現在オランダのみならず、全世界へと広がりつつあり、もちろん日本にも届き始めています。

日本でもニーズや課題を正確に捉えて、そこに適切な価値を提供しているケアサービスが増え始めています。

次回はそうしたサービスをどのように構築していくのか、その手段についてのお話をいたします。お楽しみに。

プロフィール

株式会社インキュベクス 代表取締役 上村隆幸
[所属・役職]
株式会社インキュベクス 代表取締役
[略歴]
1965年神奈川県横浜市生まれ、産業技術大学院大学在籍。
この3年で500箇所以上の「訪問看護ステーション」の開業・運営業支援を手掛けており、こうしたビジネスの研究、開発、拡張を通じて、超高齢社会における幸福な将来ビジョンを描くことを目指している。

1998年、起業コンサルタント業を開始し、以来2500社を超える起業支援を手がける。日本の医療が在宅へと大きく変化することに従い、「子供からお年寄りまで」すべての生活者が安心と幸福を実感できる地域社会づくりの必要性から、「訪問看護ステーション開業運営支援」を開始。その支援先は民間企業から介護事業者まで全国500社以上に広がる。また「年金の範囲内でも安心して住まえ、良質な生活を実現する医療介護サービス提供と空間づくり」も全国で支援する。
著書に「営業マンよ出かけるな!」(出版文化社)、連載に「新極真空手に学ぶリーダーシップ」(『月刊人材ビジネス』オピニオン)、「地域を支え未来を切り拓くチェンジ戦略」(『経営活力ビジネスIT活用index』日本経済新聞社)、「経営ができる看護師になろう!」(『日経メディカルAナーシング』日経BP)など。
[URL]
インキュベクス株式会社

[バックナンバー]「働きかた」とICTが武器となる新・在宅医療ビジネス

企業マネジメント最新トレンド 一覧へ

日経産業新聞 ビジネス動画 動画で見る、話題の新製品・先端技術 詳しくはこちら

日本大学 通信教育部

月間アクセスランキング

  1. 企業マネジメント最新トレンド
    グローバルに対応しうる事業戦略とは
  2. 企業マネジメント最新トレンド
    ISO9001及びISO14001の具体的な改正内容とその対応のスケジュール
  3. 企業マネジメント最新トレンド
    ISO9001及びISO14001の2015年改正を契機としたISOの活用方法
  4. 企業マネジメント最新トレンド
    ISO9001及びISO14001の2015年改正における具体的な取組み方法
  5. 企業マネジメント最新トレンド
    企業価値とは何か。経営にどう影響するのか

日経産業新聞ピックアップ

2017年8月21日付
  • NCD、ネット広告枠、サイトで売買、好みのメディア選べる
  • 在庫管理、無人で安く PALが倉庫にロボ
  • バイオマス発電所新設 エフオン、20年メド2カ所
  • ダイセル・エボニック 自動車の軽量部品製造 コスト6割減
  • ペットのトイレ、12時間消臭 室内犬用 ユニ・チャーム

経営喝!力 ビジネスIT活用index